全く関係ない土地に新規就農して補助金から脱出するために五年間でしたこと

      2017/05/14

私は全く農業に関係のない状態から新規就農し、今年で三年目が終わろうとしているのですが、全く資金のない状況から、就農のために受けていた助成金を止めて一年になります。

なので、あまり参考にならないかもしれませんが、ここらで私がこれまでに取り組んできたことをまとめておこうと思います。



全く関係ない土地に新規就農して補助金から脱出するために五年間でしたこと

就農までの準備段階

前職はIT関係で、辞めることを決めてから、独学で農業のことを勉強し始めました。家庭菜園を借り、自然農法などにかぶれて色々試していました。この時に農業の面白さに目覚め、自然が好きなことを自覚しました。

その後、東京の田舎に移住し、数年間は知人のツテで農地を借りて耕作していました。当時考えていたことは『東京からお客さんを呼んでくれば、その体験で収入が得られるのではないか?』ということでした。結果的には、お金を払ってもらうユーザーが定着せず、資金不足に陥って断念しました。他にも村作りなど、色々なことに手を出していたのも一因だったと思います。

それから某農業ベンチャーなどに就職し、農業ビジネスのことを勉強しました。その結果、生産するためにはやはり土地が広い所に行かないと駄目だと感じ、長野に移住することにしました。(もう当時、山梨は土地が無いと断られていました)

研修一年目

農業研修を斡旋するNPOの仲介で、某農業法人にて住み込みで研修を始めました。研修費がもらえるはずだったのですが、3ヶ月ほど支払いが滞り、住居もボロボロで、受け入れ先の杜撰さを目の当たりにしました。

主な研修内容は大規模な穀物が主だったので、自分の独立後の参考にはならず、しばらく農地を一部借りて耕作していましたが、最終的には住居が無いということで、その場所を去りました。

……ちなみに長野で農業ができない冬は、西表島に出稼ぎに行き、季節労働者という存在がいることを知ってカルチャーショックを受けました。

研修二年目

その後しばらくは、住居と農地探しに明け暮れました。周辺自治体を6つぐらい回り、聞き込みを行いましたが、なかなか良い所は見つからず……。結局、たまたま会った方が小さな農地を持っていたので、そちらを貸して頂き、学生用の安い賃貸アパートの一室を借りて耕作しました。

多少はアルバイトをしていましたが、ほぼ無収入に近いような状態だったので、この頃から始まった『青年就農給付金』制度を活用して、もう一年研修することにしました。有機多品目野菜とハイポニカ水耕トマト栽培でした。

また、この頃から自分の経験をオープンにして、ブラックボックス状態の農業界をもっと明らかにしなければならないと感じ、このブログを開設。ネット上の活動にも力を入れていました。

研修終了後

フレンチレストランでアルバイトもしつつ、同時に二箇所で研修するというのは例外だったため、役場に色々突っ込みを入れられていましたが、なんとか乗り切って研修を終了。ようやく現在の住居も見つかりました。

ただ、同時に農業界の問題点がかなり分かってしまったため、このままの方向性で就農しても生活が成り立たないのが容易に想像できました。また冬の間の問題を解決するため、ツテを辿って東南アジアへの農業進出を考えるようになります。

そして実際に数か国を巡って、数百haのオファーを受けましたが、資金的な問題と青年就農給付金を受けていた関係で断念しました。世界の広さを知り、グローバルな中での日本農業を見る視点が身に付きました。

戻ってきて役場などにこのことを話しても、全く興味を持たれなかったことを覚えていますが、その前に農水省で行われていた新規就農者の会議で農水省の経営局長にこの話をしたら、「いいじゃんいいじゃん、どんどんやってよ!」という反応のギャップに驚きでした。




一年目

いよいよ新規就農開始です。とりあえずできそうなことは何でもやりました。ですが一人での就農と長野という環境、そして資金不足から、全く収入になりませんでした。

ネットでセット販売は割に合わないし、急激に競合が増えすぎた。JAに出すのは利益にならない、直売所は供給過多で価格競争になってしまう、大面積をやろうにも土地が集まらない、トマトは今後大企業の参入が考えられるので、個人農家は厳しくなる……など、八方塞がりでした。

周辺の農業法人で少しだけ働かせて頂きましたが、あまり将来性が見えない所だったので、やはりすぐに自分でなんとかしようと努力するようになりました。結局、再び人を呼んで体験してもらう農業に戻ってきてしまいました。この頃に、移動型の農業の形を模索し始めます。

給付金の支払いのタイミングが半年ズレているために、キャッシュフローが足りなくなることが予想され、たまたま紹介して頂いた縁で、香港でのイチゴ栽培に呼ばれて働いてきました。結構きつい環境でしたが、非常にいい経験になりました。しかしここも将来性が不透明だったために、契約満了にて帰国。そしてそれは今年予想通りの結果となっていました。

二年目

最初に立てた就農計画をガラリと変え、ツーリズム型の農業へ変更。ただ、やはりキャッシュフローの問題と、雇用を予定していた人材が急遽キャンセルになってしまったため、営農資金すら不足するようになってきてしまいます。ボイラーが直せずに夏場に薪でお湯を沸かしていたのは、なかなかいい経験になりました。

徐々にお客は来るようにはなっていましたが、それでもまだサービスとしては成り立っておらず、とにかくお試しで来て頂いて、意見をもらいながらブラッシュアップする毎日でした。天候不順もひどくなる一方で、大規模に資金や設備を投資しなければリカバリが難しい状況です。むしろ、生産に力を入れていたら余計に厳しかったかもしれません。

ただし、ずっとネットでの発信には力を入れていたおかげか、様々な農業界の先進的な方と知り合うことができ、繋がりや情報を得られるようになってきました。無理やり時間と資金を捻出して、行動を起こして会いに行ったのも大きかったと思います。『世界農業ドリームプラン・プレゼンテーション』や『宇宙農業サロン』にも参加することができました。

さらにこの冬に、今携わっている『十和田グリーンタフ・アグロサイエンス(TGA)』社からお声をかけて頂き、農業を行いながらも収入が得られるようになりました。

三年目

TGAの仕事のおかげで、全国各地の将来性のある農家さんたちと知り合うことができ、さらに農業の未来についても知見が得られるようになりました。そのため、この時点で様々な制限があり、突っ込まれていた原因でもある『青年就農給付金』を断ることにし、自由な経営スタイルが選べるようになりました。

幸い、TGAの仕事の方が忙しいため、なかなか長野の畑を耕作する時間が無くなってきてしまいましたが、今度はただの個人農家から経営体へとレベルアップする段階に来たのだと思います。まだまだ全然経営は安定していませんが、それでもなんとかこうしてここまでやってこれましたので、この先も気を抜かずにチャレンジしていきたいと考えています。

そしてつい最近、再び東南アジアへ行く機会があり、やはり感じていた通り、まだまだチャンスがたくさんあることを知りました。日本の地元で話をしていても、後5年10年はまだ若手にチャンスは回って来なさそうです。それならば、いっそ世界へ目を向けてみたいと改めて思いました。

まとめと新規就農者に向けたアドバイス

以上が、波瀾万丈ながら、私がこの5年間……農業を志してから10年間近くで取り組んできた内容です。他のケースには真似出来ないため、あまり参考にならないかもしれませんが、抑えておきたいポイントと推奨したいのは次の二つ。

  • 発信を行うこと
  • チャンスを感じたら、行動を起こしてチャレンジしてみること

この二つが重要だと思います。もし新規就農して、先が見えずに閉塞感を感じている方がいたら、私のケースを思い出してもらえたらと思います。それぞれの様々な事情はあるでしょうが、折角自分で農業をやろうと思ったのだから、「誰かの言いなりでやるだけでは面白くない!」……そう思って、常に取り組んでいます。

こういう人間がもっと増えることで、日本や世界の農業はもっと面白くなっていくんじゃないかと思っています。

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