【異世界農家】#24 「よし、逃げるぞ」

      2018/08/23

「よし、逃げるぞ」




俺が全員にそう告げたのはそれから間もなくの事だった。夜明けまではまだしばらくある。村の長老たちは、ミミナたちが見張りをしているから、完全に油断していることだろう。

それに、このまま明日まで待って長老たちを説得することは、俺は非常に難しいと思っていた。……こういうのは、理屈の問題じゃない。感情の問題なのだ。

だから、いくら俺が「こいつは悪い奴じゃない」とか、「こいつを生かしておいた方が情報も手に入って有利だ」と言った所で、おそらく聞く耳など持たないだろう。それはうちの村の爺さんたちに、「もう田んぼなんてやったって儲からない」とか、「生産性の悪い畑は森に戻そう」と言った所で言うことを聞かないのと同じなのだ。

彼らにとっては、これまで生きてきた慣習やしきたりが全てであり、「それを変えること=悪しきこと」なのだ。……村というのはそういうものなのである。

なので、それを嫌というほど知っている俺は、正面突破は避けることにした。代わりに、『事後承諾』路線で行くことにする。要するに……「結果良ければ全て良し」だ。

 

「ろ、ロキ殿。正直、私はそれは薦められんぞ。なんというか……折角貴君がこれまで築いてきた信用が……」
「にゃ〜……。ロキ、ばーちゃんたちすごく怒ると思うぞ?さすがのうちでもかばいきれんかも……」
「ああ。それは分かってる。お前らには無理にやれとは言わないよ。俺が勝手にやるだけだ。安心しろ」

心配そうに見てくる二人の目を真っ直ぐに見つめながら、俺は自分の意思を告げる。籠の中のシバも、不安気な目でこちらを見ている。……柄にもなく真剣な目をしたおかげか、こっちが本気だということは伝わったようだ。

「とは言ってもなぁ……」
「にゃ〜……」
「折角色々良くしてくれたお前たちに迷惑をかけることは、済まないと思ってる。でも……なんて言うか……」
「???」

そこまで言って、先を言い淀む俺の方を見て、不思議そうに首をかしげる二人。少し躊躇ったが、俺は意を決して言葉にした。

「もう……嫌なんだ。誰かに守ってばかりなのは。俺の代わりに誰かが傷つくのは……もう見たくないんだ。俺が農家を始めたのだって、ただ農業が好きだったからだけじゃない。できれば……『俺が誰かを守りたかった』からなんだ。それはルルガやミミナだけじゃない、例えばはぐれ者のコボルドだって」

どんな表情をしていたのか、自分でも分からない。……だけど、これは本心だった。

平和で豊かな日本で暮らしていたら、こんなこと全然関係無い出来事だったかもしれない。でも、ほんの少しだったとしても、俺はそう思って農業を始めたのだった。

俺が作ったものが……俺の食べ物が、誰かを幸せにする、と信じて。

「ロキ殿……」
「ロキ……」
「ロキさん……」

俺の言葉を聞いていたみんなが何を感じたのかは分からない。でも、それ以上何も言ってくることは無かった。辺りに、しばしの沈黙が訪れる。俺もそれ以上、何か言うことは無かったし、何も言えなかった。これは……理屈の話じゃないんだ。心の問題だからだった。

そして、やや時間が経った後に、ルルガとミミナはお互いに向き合って何かをアイコンタクトすると、二人ともこちらに振り向いて口を開く。

「分かった!うちはロキに協力するぞ!」
「ロキ殿……正直、私は感激しています。できることがあれば、何でも言って下さい」
「え……?」

真っ直ぐこっちを見つめる二人の表情が、さっきまでとは変わっているのが分かった。まだ俺が何をやりたいのか具体的に話していないにもかかわらず、それでも彼女たちは協力してくれる気になってくれたようだ。俺が見る彼女たちの瞳には、澄んだ純粋な光が宿っていた。

改めて、俺が異世界に来て最初に着いたのがこの村で良かった……と思った。

「あ……ありがとう、二人とも。恩に着る。じゃあ、早速この後の計画を話すよ。いいか……?」




「あ、ロキさん。起きましたか。おはようございます」

明け方。俺とシバは、村からしばらく離れた川のほとりにいた。

あれから俺は、シバを連れて籠から抜け出し、村を出てコボルドの住処に向けた道中へと歩んでいた。……ちなみに、ルルガもミミナもいない。二人だけだ。

「ああ。おはようシバ。……早いな」
「ええ。部落ではボクはいつもみんなの雑用をやってましたからね。食事もよく作ってました。魚を蒸してみましたが、食べますか?」

そう言うシバの前には、焚き火の近くに置かれた、竹の中に葉で包まれた何かがあった。……なるほど、あの中に魚が入ってるんだな。植物に含まれる水分だけで蒸したってわけか。改めて、こいつの調理スキルの才能に期待が持てる。

シバはそのまま葉の包みを開き、何やら葉っぱを千切ったものをまぶして俺に渡してくれた。

「辛味のある香草です。手持ちに塩が無かったのでこれで勘弁して下さい」
「勘弁……?何言ってるんだ。最高じゃないか!」

漂ってくる香りだけで背景の火山が爆発しそうなリアクションをしながら、俺は魚の蒸し焼きを頬張った。

……うむ、ふっくらとした白身とピリ辛の香草がいいマリアージュを生み出してどーのこーのだ。簡単に言うとうまい。どうやらこの葉っぱはワサビのような風味……つまりはアリルイソチオシアネートの成分が含まれてるんだろうな。魚に合うわけだ。

あっさりとした白身の川魚は、日本にいた頃のマグロなどと比べると、やはり物足りない部分もあったが、もう既にこちらの世界の味気ない食事には飽き飽きしていたため、それでも食感と僅かな調味料のみで非常に満足できた。

しばらく朝から贅沢な魚料理に舌鼓を打った後、改めて今後の方針を確認する。

美味いもので腹も膨れて、モチベーションは十分だ。村から出て二人だけになってしまったが、何とかそれでもやっていけそうな気力が充填されたような気がする。

「もう一度確認するぞ。お前……『本当にそれでいいのか?』」

俺はシバの目を見つめて尋ねる。昨日、籠から出す時に何度も確認したことだ。……俺が村から出るのと同様、こいつにもそれなりの覚悟を求めることになった。そうでなければ、次の日こいつは処刑されただけだし、かと言ってただ籠から外に出して逃がしたのでは、何の解決にもならない。

……俺は、この問題を総合的に解決するプランを描くためにここにいるのだ。

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