【異世界農家】#29 そう、俺は異世界農家だ。

「シッ!ロキさん!誰かいます!」
「何?」

シバが身を隠しながら見ている視線の先には、川の対岸にチラリと見えた人影があった。俺も慌てて木の影に身を隠すと、目を凝らしてじっと人影の主を見つめる。……どうやら、体格からしてコボルドではないらしい。とすると……?

「黄金耳の村の人みたいですね」
「そうだな……」

遠いのでハッキリとは分からないが、頭の上にあるシルエットと、体型が女性っぽいところから、おそらくルルガたちの村の住民だろう。……偵察部隊だろうか?
そう思って振り返った瞬間、

――ヒュッ!




ビィィィィィン……!

耳のすぐ上を抜けて、後ろの木に矢が刺さった。そして低い声。

「動くな」
「なっ……!?」

完全に気配に気付かなかった。近くの茂みの中から、木々の葉が擦れる音が聞こえる。カサカサと小さな音を立てながら、人間大の生物が近づいてくるような気配がした……。

(ヤベえ終わった……!)

幾つか考えていたカードも、全て自分が動けていたらの話だ。ここで捕まってしまった場合、全てがパーになる。頭の中は焦るものの、今の状態を脱する方法は思い浮かばない。今更ながら、何の能力も無く、戦う力すら無い自らの無能さが恨めしくなった。

「シバ……何かあったら、お前だけでも逃げろ……!」
「えっ!?ロキさん……!」

驚くシバを横目に、ジリジリと自分が盾になって庇うような位置へ移動する。生憎手には何にも持っていないが、こいつを庇うぐらいのことはできるだろう。心臓がバクバクと早鐘を打っているが、俺は覚悟を決めたのだ。……もう、誰も犠牲になんてしない。

ただ、何の経験も無いというのが痛かった。このまま守っていた方がいいのか、いっその事飛びかかるべきなのか、昔やったノベル系ゲームのように選択肢でもあればいいのに。現実においては、選択肢とそれを選んだ時の動きにギャップがありすぎてうまくいくかどうか分からない。だが……それが現実だ。選択肢もコマンドも無くても、俺は何かを選ばなければならなかった。

ガサガサ……

そうこうしているうちに、人の気配はすぐ近くまで来ていた。こうなったら、姿が見えた瞬間が勝負だ。相手は弓矢を持っているはずだが、ここまで近づいてきたということは、何か接近戦用の武器を持っているかもしれない。それさえ何とか躱して組み合いに持ち込み、脇固めでもできれば……!
そう思って腰を落とした瞬間だった。

「良かった。まだ無事だったか」
「ミ……ミミナ!?」

茂みからあっさりと出てきたのは、ミミナだった。ルルガは一緒ではないようだ。さっきの低い声では分からなかったが、確かに思い返してみれば彼女の声だったかもしれない。焦っていて冷静な判断ができなかったようだ。

「ミミナ!キミこそ大丈夫だったのか!」
「シッ!声を出してはいけない。あと、そこから動かないでくれ。他の者たちに見つかる」
「えっ?」
「川の向こうに見えただろう?村の先遣隊が偵察に来ている。私もその一員だ。まあ思った通りこっぴどく叱られたが、今はそれどころじゃないと、こうして村の戦士たちの中に加わっている」
「なるほど……そういうことか……」
「それよりロキ殿の方はどうだったのだ?話は付けられたのか?」
「あ、いや……ダメだったよ……」

俺たちは、近くにいる村の偵察部隊に見つからないようにして、簡単に事情を説明した。そして、逆にコボルドたちを刺激してしまったことや、裏に匂わせている何者かの影があることも伝える。

「確かに、噂で聞いたことがある……。奴らを統べている、王様のような存在がいると」
「そいつが『アカグロ』なのか……?」
「分からないが、聞いた話では我々でも敵わないような圧倒的な強さを持っているらしい」
「なんだって……!?それで奴らはあんなに怯えていたのか……」
「おそらく……。それもあって、長老たちはあれほど警戒して軍を編成したのだろう。お互いのテリトリーさえ冒さなければ、平和だったものが……」
「くそっ、とにかく起きちまったもんはしょうがない。何とか最小限に食い止める方法を探さないと……!」
「ロキ殿。貴殿の気持ちはとても素晴らしいと思う。だけど、ルルガと私はその気持ちだけでもう十分だ。命の危険が訪れる前に、どこか安全な所に隠れていて頂きたい」

改めてミミナが真面目な表情でそう言う。けど、その瞳が真っ直ぐすぎて、純粋すぎて、逆に俺にとっては居た堪れなくなってしまう。これまでの、全然見知らぬ人間に対しての彼女たちの親切や気配りを思い出すと、とても人事だとは思えなかった。



「いや、ダメだ……ダメだそんなのは……!」
「気にするなロキ殿。我らは誇り高き黄金耳の部族。一族を守るためには、戦って死ぬことなど恐れない」
「いや、そうじゃない!そうじゃないんだ。俺はただ……キミたちに傷ついたりとか、死んだりとか……して欲しくないんだ。ただそれだけなんだ……!それがもし、昔からの慣習とか、しがらみとか、そういうもののせいなんだったら、それを解決できるのは、『はぐれもの』である俺だけなんだ……!」
「……ロキ殿……」

そう、俺は異世界農家だ。

だからこそ、この世界の『当たり前』なんか関係無い。

何の特殊な力も優れた能力も持っていない俺だったが、ただ一つ……たった一つ、それだけが俺の持つ特別な力だと言っても良かった。俺にしかできないことで、彼女たちが救われるというのなら……それをすることが、俺がこの世界に来た意味なのかもしれない。

半ば自分に言い聞かせるような心境で、俺は改めてミミナに伝えた。

「悪いが、プランは最後のカードを切ることにする。ルルガとミミナはできるだけ村の人たちの足止めをして、開戦を遅らせてくれ。もし戦が始まってしまったとしても、できるだけ被害は少ない方がいい。どこまでできるか分からないが、やれるだけのことはやってみる」
「ロキ殿、待ってくれ!それはあまりに無謀だ!せめて私たちの準備が整うまで待って……」
「行くぞ、シバ!」
「あっ!ロキ殿……!」

『どうしたー!?ミミナ!何かあったか!?』

駆け出していく俺とシバを見つけて、川向こうから誰かの声が聞こえた。だが、俺はもう後ろは振り返らなかった。心配そうなミミナの表情が浮かんだが、小さく振り払って再びコボルドたちの巣の方へと走っていく。

「こ……コボルドたちがいたぞ!あっちの方へ逃げた!」

後ろから聞こえる声と、俺たちとは離れた方向へ走っていくミミナの気配を感じながら、俺はこの後の最後のプランを煮詰めるべく、必死で頭を回転させるのだった……。

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