【異世界農家】#34 が、今はそんな後ろ向きなことを考える時間も余裕もない。

      2018/07/12

 

――ヒュッ!

言い終わると同時に、後ろに隠し持っていたスリングで族長の顔を狙う。

十分に振り被って狙いをつけていればともかく、まだほとんど慣れていない俺の投擲は、狙いは良かったものの、顔を庇った族長の腕に当たって弾かれた。

大したダメージは与えられていないだろうと思ったが、運良くそのおかげで族長は、持っていた粗末な斧を落とす。

「シバ!今だ!」

叫びながら、俺は中腰でコボルドたちの方へ駆け込んで行った。……膝が笑いそうになるのが自分でも分かる。

なんせ、学生の時の体育の授業で、柔道をやった時ですら相手にビビッていた俺だ。あの時、俺は完璧に格闘技やスポーツには向いていないんだろうと確信した……。

それが何故か今や、異世界のジャングルの中で、訳の分からないイヌみたいな頭の生物と戦うことになっているとは……。冷静でいられるはずもなかった。

「おおおおおぉぉ……っ!!」

が、今はそんな後ろ向きなことを考える時間も余裕もない。

ほんの一瞬だけ過ぎった思考を、腹の底からの叫びによってかき消して、俺はコボルドたちへ迫った。

「《樹人の抱擁》(トレント・ハグ)!」

そして、たどり着く前に、シバの魔法が発動した。

コボルドたちの背後にある木から、蔓や枝、根などが突然伸びて、コボルドたちへ絡みつく。

これはおそらく、植物の持つオーキシンやサイトカイニンなどの植物ホルモンに働きかけて、意図的に植物の伸長をコントロールする力が……って再び解説癖が出てしまった。

またの機会にしよう。

……それはともかく、この連携は事前に話し合っておいた策の一つだった。

今のを含め、一通りシバの魔法を見せてもらった後、シチュエーションや状況に合わせて何通りかの戦術を練っていたのだ。

「わわわっ!族長、助けて!」

意表を突かれて蔓に絡みつかれたコボルドが二匹、驚いて悲鳴を挙げる。……その様子から見ても、戦い慣れてはいないようだった。

シバは飲み込みも早かったため、特にプロセスに問題も無く、その結果の一部がこれまでに仕掛けた罠だったりしたのだが、残念ながらこのように接近戦になってしまった場合、使える魔法はそれほど多くなかった。

先日のような、ルルガに対しての火の玉のような魔法も、俺の格闘技苦手意識のように罪悪感があるせいか、命中率も攻撃力も低かったので、乱戦になっては使いづらい。

魔法を使うための精神力の温存のためにも、これ以上シバの魔法に頼ることはできなかった……。

「らぁっ!」

シバの魔法で端の二匹が身動きを取れなくなり、もう二匹の意識が逸れた所で、俺は走りこみながら、渾身のドロップキックを族長に対してかます。

武器を落としていた族長は、両手で慌ててカバーしたものの、その勢いと体格差には勝てずに吹っ飛んだ。

「ぐわぁっ!」
「族長!」

吹っ飛んだ族長が体勢を立て直すより早く、俺は持っていたショートソードを右にいた、なんか鍋みたいなものを被っているコボルドに対して斬り付けた。

もうこの時には、完全に余分な思考は吹っ飛んでいたため、とにかく無心で剣を振るい、怯んだ鍋コボルドの右肩にショートソードが食い込んだのが分かった。

「ギャァッ!」

勢いのまま、鍋コボルドが地面に転がる。腕を切断したりはできなかったものの、肉に刃物が食い込むなんとも言えない感触が伝わってきた。

よく、殺人犯はナイフで人を刺した手応えが無さすぎて何度も刺しまくる……というような話を読んだことがあるが、さすがに小さめとは言え、剣で……しかもこの時代の切れ味の良くない金属の場合だと、手応えが無いどころではなく、何と言うか……まるでナタで灌木を切り拓いていく時のような感触だった。

とは言っても、セルロースやリグニンから成る樹木と違い、タンパク質とカルシウムでできている生物を斬る感触には、さすがに一瞬(うっ……!)となってしまい、体が硬直した。

そして同時にその瞬間、右腿に激痛が走る。

「ぅぐっ……!」

振り返ってみると、後ろにいたもう一匹のコボルドが、手に持っていた棘だらけの棍棒を俺の右太ももへ叩きつけていた所だった。

何とか悲鳴を挙げるのだけはグッとこらえながら、振り向きざまに条件反射で剣を振る。……と、たまたま何も被っていなかった棍棒コボルドの側頭部にショートソードが命中し、コボルドが白目を剥いて倒れるのが分かった。

気を抜けば右足が崩れ落ちそうになりながら、かといって動かせば激痛が走る足を庇いながら、まだ起き上がらない鍋コボルドと、残っている族長の動きを警戒する。

……そしてほんの数秒もしないうちに、俺の危険センサーがMAXまで上昇するのが分かった。

「おのれニンゲン……!」
「くっそ……」

族長は最早、怒りが頂点を通り越し、余計なことを喋らなくなってしまったようだった。憎悪に満ちた目で俺の方を睨んでいる。

そして、その手にはとある新たな武器を手にしていた。

それを見た瞬間俺は、思わず焦りのあまり呟きが漏れてしまった……。

 

(……槍、か……)

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