日本農業の歴史 その3〜江戸時代は飢饉との戦い〜

前回までで、『土が痩せているため、土壌改良しなければならない』ということと、『四季があるため、安定した生産ができない』ということが日本の農業の特徴だということをご説明しました。

……何?日本の農業……ダメダメじゃん……!

と思われた方もいるかもしれません。
ですがもちろん、日本の農業にはメリットの部分もあるのです。
……が、その部分はもう少し置いておいて、歴史の続きを考えてみたいと思います。




江戸時代の飢饉

まだ文明が発達していなかった頃は、飢饉が発生するのが当たり前で、農民を始め、人々は皆食料不足の危機に怯えていました。
『◯◯の大飢饉』という歴史的事件が起きているのが有名ですね。
この頃は、何とか人々が飢えないようにと、常に食糧は多く増産し、機械なんてものも無かったので、田んぼを一町歩(1ha)も持っていれば、大富豪でした。

しかし、緑の革命が起き、文明開化の音がしてからは、一気に農業の技術も飛躍的に発展します。
肥料はわざわざ肥溜めや生ごみを発酵させて作らなくとも良くなり、人力で鍬をふるうこともなく、耕うん機やトラクターというものが登場するようになってきました。
この頃になると、食料生産の効率も飛躍的に上昇し、近代文明が普及するに従って、農家の数も減ってきます。

特に日本は、それまでの伝統工芸などで活かした技術を使って、工業立国を目指すようになりました。
この事は実は非常に重要な部分で、一次産業→二次産業、という風に階段を登っていったようなイメージですね。
これによって、食糧生産量だけでなく、加工業が発達したことにより、食糧が通年通して安定供給される基盤が整ってきました。

飢饉の心配が薄れてきた日本は、工業技術を伸ばして、それまでブルーオーシャンだった工業立国に成功し、一躍世界のトップレベルの先進国へと発展してきたのです。

 

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