日本農業の歴史 その4〜高度成長期からバブル〜

さて前回までで、日本は工業立国し、高度成長期を経てバブル期へと突入しました。

その間、農業は一体どうだったかというと……?

ほとんど放置状態でしたね。



高度成長期からバブル

収量などは文明によって上昇したものの、相変わらず天候への対策は充分には進まず、かと言って食糧増産によって日本人口も一気に増えてしまったため、何とか食糧が不足しないように供給しなければなりません。

なので、とにかくまだ手付かずだった自然を切り拓いて、米や野菜など、畑をとにかく広げてきました。

現在私が住んでいるのも、戦後開拓された農地エリアになります。

一気に伸びた第二次産業の下支えをするためにも、『食糧安全保障』戦略が取られ、農地は個人の自由でどうこうすることができるものでは無くなり、半分国家の物として扱うように決められたのです。

この頃から、農家は国によってある程度の身分は保障され、割り当てられた農地でそれなりに耕作をしていれば、贅沢は言えないものの、それなりに食べていけるようにはなりました。

貧農史観の形成

……そういえば、面白い話を見ました。

『インベスターZ』という、投資マンガの中の一部分です。

「本能寺の変で織田信長が討たれたのを知った徳川家康は、その後の統治方法で、できるだけ部下が権力を持たないような取り組みを行った。参勤交代で散財させ、さらに『貧しくても真面目に働くことが美徳である』という士農工商の思想を広めた」

という話。

この思想は、今でもずっと生きていて、「お金を儲けることは強欲で卑しいことである」というような、社会的雰囲気が残っている気がします。

この考えは全く農業界でもその通り浸透していて、戦争中からずっと『贅沢は敵で、貧しさに耐えて頑張ることが素晴らしい』という、貧農史観が根付いてきました。

良くも悪くも、この精神が我慢強い農民や村の空気を作っていったのだと思います。

 

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