日本農業の歴史 その5

      2017/04/09

これまで、数回に分けて日本農業の歴史について触れてきましたが、ここで一旦まとめてみます。



まとめ

元々、雨が多く土壌養分が不足しがちな環境である日本では、その自然環境を利用して落ち葉や排泄物を再利用し、土壌改良を行ったり、地域循環型の農業を営んできました。

さらに四季によって耕作ができない時には、その温暖多湿な自然条件を活用して、発酵食品などの加工品を作り、食文化を育んできました。

また、中山間地域が多いことから、棚田や段々畑などの小規模で多様な農業を行い、バラエティに富んだ土壌での農法を発展させてきました。

産業革命以降

このような中で、産業革命が起こり、元々は食料安全保障の観点からその地位を保障されていた農家は、徐々に生産性を上げ、化学肥料や機械化などで効率のよい農業ができるようになってきます。

ですがそれ以上に生産性の高い工業へと労働力は流れ、都市の発展と共に農村から人は減り、国の生産基盤も第二次産業へと移り変わってきました。

その流れの中で、発生する所得格差への不満を抑えるためにも、政府は富の再分配を行い、人数の多い農民からの支持を確保するようになります。

その結果、競争原理が働かずに、農家の数は維持され、国の発展と共に小規模な農家ですら、機械化して効率のよい農業ができるようになってきました。

現代に向かって

しかしそのために人材の流動性は失われ、昔からの農家がそのまま農村に残って農業を営むことになります。

豊かな経済性のおかげで、肥料などもどんどん使用することができ、土地の生産性は上がり続けて生産物は過剰に供給されるほどになりました。

商品供給の過剰による価格下落を防ぐため、さらに政府は地位を保証するために減反政策を行い、それによって不利益を被る農家に対して価格保証を行うようになりました。

国が手厚い保護を行ってくれるおかげで、離農する人は少なく、効率も良くなったために週末だけの兼業で農業ができる経営体が増えてきました。

こうした人は、半分公務員のような形での農業をずっと続けてくることができたのです。

感想

……というのが、近代までの歴史。

重要なポイントであるのは、『国が豊かになったため、農業が赤字でも補填することができていた』という部分です。

世界第二位の経済大国になるぐらいであれば、赤字部門の補填をすることなど、平気だったんですね。

次回は、そうした状況が徐々に変わってくる中で、その間、海外がどのような歴史を辿ってきたかを語りたいと思います。

 

 

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