一体誰が可哀想な農家を作るのか?

      2017/04/09

今回は少し個人的な所感を語らせて頂こうと思う。

最近、起業するためにあちこちに顔を出しているのだが、その中でヒアリングを受けることがある。その中で、ほぼ毎回このような質問を受ける。

「その事業は、どんな部分が農家さんのためになるんですか?」

……この言葉に、毎回違和感を覚える。



あなたにとっての農家とは何か?

農家と言っても、筆者の知る農家は非常に様々だ。大儲けしてBMWとかベンツに乗る農家。新規就農して、貧困にあえぐ農家。年金暮らしをして、趣味の農業で直売所やJAに出荷しながら「農業は儲からない」と嘆く農家。普通にビジネスをして、真っ当に経営をしている農家。

この「農家」とは、一体誰のことを指しているのだろうか?……そこには、全然具体性が見えないのである。

ここに、メディアによって創り上げられた、共同幻想としての農家像が浮かび上がってくる。社会のほとんどの人が口にしている「農家」とは、まるでみんなのイメージに過ぎない、アバターのような存在なのではないか?……と思うのだ。

農家は国民によって保護されるものか

こうした質問を受ける度に、やや苦笑をしながら答える。

「いえ、この事業によって農家は必要無くなりますから」

事業とは、ユーザーのために生まれ、実行されるものであるはずだ。だが、一体いつから農家はユーザーによって守られるべき存在になってしまったのだろうか?これではまるで、農家が国民にとってのユーザーではないか。

こうした議論をすると、毎回「農業は国土を守っている重要な仕事です」という話が出るが、それが農家の目的ならば、とっとと早く全ての農家を公務員にでもしてしまった方がいい。

農家とは一体誰のために存在しているのか?

何故みんな農業にイノベーションを起こすことが、農家を助けることだと疑いもなく思うのか?

可哀想な農家とは、一体誰のことを指しているのか?

……この辺りに、まだまだ農業界の歪んだ構造が浮かび上がってくるような気がしている。

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